凶器
「ナイフや包丁で殺人事件が起こるとなぜか道具を悪者にする話が出てきますね。」
『銃や刀は武器だと主張しても異論は出にくいでしょうが、本を正せば道具ですな。安直な発想には賛成できません。』
「学校の中ではかつての事件以後、包丁や小刀、切り出しナイフ、カッターナイフなどが施錠されたところにしまいこまれています。すべてそうなっているとは言えませんけどね。」
『それこそ、あっさりと文化を捨ててしまっています。自由に使えなくすることで解決するような問題とちがうでしょ。』
「刃物がなければ事件で使われることはないけど、生活していくうえでは困りますね。」
『そうなるでしょ。刃物でなくっても凶器になるものはいくらでもあるでしょうが。』
「金属バット、花瓶、金槌、スパナなどなど。握り拳でも使いようによっては凶器に早変わりですね。」
『規制しても無意味なんです。』
「刃物をなくしても事件は起きる。当たり前ですね。」
『背景を考えないと予防策にはならんでしょうが。』
「だれでもよかったというきっかけは、ヒントになりませんか。」
『不満の行き場がなくなっていることだけは確かだ。』
「問題解決とはならないところで切れていますからね。」
『まず、刃物に関しては経験が乏しすぎると思いますよ。』
「刃物を小さいころから自分で使って、痛みを知ることはくぐっていませんね。」
『他人が殺したものを食べるだけだから、包丁を使うことが少なくなっているんだな。』
「リンゴだって自分で皮をむいて食べる経験が乏しいね。」
『鉛筆だって小刀で削らないでしょ。』
「挙げ句の果て、危ないからカッターナイフを所持しないように言われたらおしまいですね。」
『刃物を使いこなせば、痛みも経験できるんですよ。』
「あわせて、けがをしないように振る舞うこともできるようになりますね。」
『もう一つ気になることがある。命を奪うことがスイッチを切るような感覚なんでしょうかね。再起動はできないのに終わりにしたがっている。』
「自殺も同じようなところがありませんかね。」
『自らスイッチを切って終わりにするんだから、挑むことは何もありません。』
「死ぬ気でやれば何でもできるという言いぐさは、もはや通用しないんですね。」
『何をやってもうまくいかないから死ぬ気なんですよ。』
「自分はもうだめだと行き詰まっているから、だれでもいい腹いせができる。」
『自分が死ぬか他人が死ぬかのいずれか。』
「不信感や不満を人に話せないのが一番の根っこでしょうか。」
『労働組合は弱体化し、人が群れることをしなくなり、経済的にも精神的にも自立を阻む材料が多すぎる。』
「満たされていればナイフでリンゴの皮がむけるが、満たされない苛立ちはナイフで人を傷つけてしまう。」
『つまり、ナイフを取り上げても満たされることはない。』
「学校の落ちこぼれならぬ、社会の落ちこぼれに目を向けるときですね。」
『落ちこぼれではない、落ちこぼし。』
「道具を凶器にせざるを得ない落ちこぼしの原因がいくつかからみあっていることだけは確かですね。」
『からみあいが複雑だから、深刻さが分散されやすい。なすりあいもしやすい。すると当事者も内に閉じこもりやすい。』
「要は、幸せにくらしていない人がいるという事実ですね。」
『液晶画面の向こうに幸せが待ちかまえていることは稀なんです。幸せをつかむためには、生身の人間を相手にするところから始まりますよ。』
「高度情報化社会の名前に毒されてしまいましたか。」
『量は多くなったでしょうが、質は落ちた。だから文化を簡単に捨てる人が出るんです。』