労働

『働くことに対する価値観が変化してます。ほんとにフリーターっていいのでしょうか?』

「使う方から見れば使い捨てのよさをしっかり活用し、使われる方は気楽にやれるからいいと、持ちつ持たれつの関係ができちゃってるのじゃないの。」

『ここの職場はおれ一人の力で持っているようなものだ、と思いこんでいた人たちが結構いました。いや、今でも結構いるかもしれません。組織的に労働が行われていると重要と思われるポストの一人が不在になっても、支障なく動いてしまいます。なんてことない。なんだおれがいなくてもまともに動いているじゃないか、というのが本当のところです。』

「働き過ぎとさぼりすぎのアンバランスは職場の愚痴として花形でしょう。労働の結果が数量や品質できっちり出てくるものはノルマという目標で操縦され、アンバランスに対する不満は出にくく、目標に対する不満の方が出やすいものです。ところが、数量化できない知的生産の分野では評価や査定に客観性を見いだしにくいものですから、アンバランスへの不満はくすぶりやすいわけです。」

『労働に対して支払われるお金の配分が変わらないと常識にならないでしょう。』

「年功序列、終身雇用の前段にご恩と奉公、滅私奉公の歴史的主従関係が亡霊のようにあるんじゃないの。そこを否定するからフリーターがかっこよく見えると予想しますね。」

『契約労働の考えが日本には定着していませんよね。個人が実績をひっさげていろんな会社を渡り歩くなどまれなそんざいなんですね。男女、年齢、学歴は働くときの単なるネームバリューになるようでっち上げたのが間違いの元かな。』

「年齢とかポストは別にして、一人でやっていたその人の仕事を突然二人でやったらどうなると思う。労働の結果が数量化できない労働ほど柔軟な人員配置を試行することで、労働の価値が見えて来ると思うね。一人分の給料を二人で山分けして、時間的にゆとりを持つ方が世の中のためになりそう。」