自由貿易協定
「保護政策を受けてきた人たちが一番危機感を感じるでしょうね。」
『価格的には太刀打ちできないと。』
「価格だけじゃないという歴史的経緯はいくつか思い出されますね。」
『カリフォルニア産の米が入ってきたとき,オレンジが入ってきたとき,米不足でインディアカ米が入ってきたとき,アメリカやオーストラリアの牛肉が入ってきたとき,中国産のネギ,シイタケが入ってきたとき。賑わいましたなあ。』
「謙虚な中庸の精神は誇りと自信を忘れていませんか?」
『太刀打ちできなかった品目で記憶があるのはオレンジと温州ミカン。これは複雑な要因が絡んでいました。栽培地が斜面で効率がよくない,他の果物に押されて消費が伸びない,リンゴほど保存がきかないなど競争相手が多すぎたなあ。』
「高い値段でも安全も含めて買うという付加価値に気づいたということでしょうか?」
『消費者が食品を選ぶときはいくつかの価値を重ねて判断しますよ。見栄え,値段,食味,安全性,生産地,知名度など総合的に見ています。』
「中でも安全性には敏感ですね。基準以上の農薬が見つかると安全神話は崩れてしまいますね。」
『もうひとつは,輸送コストがあります。国内では地産地消がいわれていますよ。遠くなればなるほど鮮度は落ち,早く届けようと思えばコストが高くなる。』
「工業製品は腐ることはないから,関税がないところ,輸送コストが安いところならどこでもいいわけですね。」
『草を求める遊牧民に似て安い労働力を求める企業人かな。』
「町から繊維産業が消え,電化製品製造業が消え,今や何が残っているかですね。」
『日本人にしかできないことがある。』
「どこの国でも同じだと思いますが,生産業の中で日本人だからこそできる信用に注目すべきですね。」
『いわゆるブランド化です。日本人から見ればベンツは高級外車という見方が強く,逆にドイツ人から見ればクラウンが高級外車になるんです。マイセンとノリタケ,ゾーリンゲンと堺,コーラとラムネ,ツァイスとニッコール…かなり見つかると思いますよ。』
「それよりも作る人と商いをする人の立場がひっくり返らないように自信と誇りを維持するのが一番ではないでしょうか。」
『自由に売買できることと引き替えに適正な価格を維持しないと継続性は期待できません。適正ということは商品価値を崩さないのが原則です。やむを得ないのは生ものの価値が時間とともにどんどん落ちる。これは宿命です。』
「高い品質と大量生産を抱き合わせるのは危険ですよね。」
『無理です。手書きと印刷でマイセンの値段が大幅に違うのは意味あることです。手書きを大量生産して儲けようなんてだれもしませんよ。』
「工業製品に限らず,農林漁業でも既製品は価値が下がってくるのが当たり前のはずですね。」
『既製品とオーダーメイドの商品もしかりです。成り立つかどうかは最終的に消費者の価値観が決め手になる。太古の昔もまたしかり。』