総合的な学習での情報処理
 学校に送られてくるパンフレット、リーフレット、資料集、営業案内、ダイレクトメール、メールマガジンなどをていねいに収集していたらかなり膨大な量になります。破棄されるものも多くなりますが、全部きちんととっていたら、一年間でみかん箱2つ分ぐらいはゆうにあります。企業や団体にとっては総合的な学習の時間が創設されたことで、市場価値を見いだしたり、広報活動に利用できると当て込んだりしているものも数多くあります。何を目的にして発信されているかをつかむことが必要です。
 膨大な情報の中から必要な情報を取り出しやすい形でデータベースにしておくことは有効なのですが、あふれる情報の選択、価値判断、どんな場で利用できるかという情報処理能力と情報処理する人材は不足しているのが現実ではないかと思います。
 一方、インターネット上から情報を集めることは非常に役立つと考えている方も多いと思います。情報検索のしやすさは紙をめくる以上に便利だという実感がわいてくるでしょうが、情報の出所の信憑性や信頼性は情報処理能力によってしかふるい分けできないのが現状です。膨大なウェッブサイトの中から信頼性や信憑性を検索することは人間の判断に委ねられています。まさに紙切れの山から必要とする役に立つ情報を拾い出すのは、ウェッブサイトの世界でも同じことなのです。
 例えばグーグルという検索サイトは、検索文字とウェッブサイトのアクセス頻度、サイト全体のページ構造をからませて情報の絞り込みと並び替えを行っています。見出しに検索語が使われていたり、アクセス回数が多いものが先頭に上がり、ページの途中に検索語が見つかるようなものはあとになります。現状では、統合化された万能の検索エンジンを持つデータベースは限られた分野の中でしか本領を発揮していません。つまり新聞社のもの、研究機関のものに限られます。図書のデータベースがオンラインで統合化されつつあるのは進歩しているところです。
 実際に山野草などの写真を手がけている私は、名前が不明のものを調べるときはたいへんな作業になります。運がよければウェッブサイトで簡単に見つかることもありますし、まちがった情報に出くわすこともたびたびあります。図鑑を検索する場合でも科名から予測できるものと丹念にページをめくって一つひとつ特徴を照らし合わせながら探さないといけないこともあります。ネット上の掲示板で知っている方が応答してくださる場合も時にはあります。同好の人間関係も情報源のデータベースとして活用できるよさもあります。
 分からないということを調べるための情報処理能力は、先生自らが実行して獲得していかないといけない力だと考えます。最も危惧することは、一塊の情報が唯一すべてと錯覚することです。「ほんとうにこれだけだろうか」という際限のない思いは常に持っておかないといけないことです。秘密にされている情報も山ほどあるわけですから、知るということは簡単に結論が出せるものではないということを子どもたちにも伝えて欲しいところです。