年間指導計画の意味
 一回作ったら4年も5年もそのまんまの年間指導計画がたくさんころんでいます。「毎年、年間指導計画は作り直しています。」という学校があったらぜひ視察してみたいと思っています。普通の公立学校では、年間指導計画の存在さえ危ういところがあります。教科書会社の作成したものをひな形として、ほとんどそのままという実態もあると思います。
 4月に新学期を迎える限り、時間的余裕は永遠に生まれないでしょう。9月新学期になれば、時間がないという言い訳は通用しなくなると思いますが、実現はいつのことやら分かりません。ただし、時間の余裕がないというのは見え見えの言い訳にしかなりません。本当に仕事上必要な計画ならば、何が何でも作るわけです。要は、一般的に苦労して作った指導計画は、作ってしまうと綴じ込まれてしまいやすい運命にあるといえます。
 ところが、複式の指導をしていると、2年分を頭の中にたたき込むことはできず、指導計画なしでは、授業準備さえおぼつかないという現実があります。そうです、次年度から複式的な教材配列をした教科が増えますから、年間指導計画はかなり必要感がでると考えます。
 さて、肝心の総合的な学習の年間指導計画はどうでしょうか。1年間の実践をしながら、振り返るように計画が記録できているとしたら大変すばらしい記録だと思います。前もって作っていたとしても、実践が進むと変更は余儀なくされます。予定どおりに進まないところが他の教科と大きく異なることです。もう一つ今までとは違うことがあります。今年一生懸命作った年間指導計画は来年度も使えるとは限らないということです。教科書のある教科のように3年間は指導内容が変わらないとなると、小さな修正ですむわけです。
 先生の意識改革の一つとして、総合的な学習の時間の年間指導計画は毎年変わるという現実を受け入れなければなりません。理由は簡単でしょう。独自のカリキュラムを構成してねらいを達成するような指導計画ですから、子どもたちが興味を持って学ぶことに追随する計画になります。来年度も同じように各学年で大きなテーマを投げかけたとしても、どの方向に進むかは強制できません。ましてや、担任の先生がかわって、前年とはまったく違うテーマを掲げ、投げかけても何ら問題ないわけです。
 総合的な学習の時間は、年間指導計画も、実践記録も、時間配当の計画も柔軟に対応していく必要があると考えます。来年度に向けて、この学級の子どもたちは、総合的な学習でこんな取り組みをしてきましたという申し送りができるようにしておけば、新たな担任の先生は心強いと思います。