総合の解説書・気になる改善
 第1章第3節1 目標及び内容の改善P9〜10から

これまでも大切にしてきた「探究的な学習」を行うことや、「協同的」に取り組む態度を育てることなどを明らかにして構成した。なお、この目標は,総合的な学習の時間において国が示す目標であり、各学校は創意工夫ある取組を行いつつも、総合的な学習の時間を通して実現することが求められる目標である。

従前と同様に、各学校において創意工夫を生かした特色ある学習活動を行うものであること、この時間の学習活動が教科等の枠を超えたものであることなどから、国の示す基準としては、目標を定め、この時間を教育課程上必置とする時間数やその取扱いにとどめ、各学校で目標や内容を定めることとした。


 これまでと変わりないと解釈すれば素通りされるところです。解説書の中で指摘されている問題点は、総合的な学習の時間の中身を構築する出発点で、引用部分に沿っていないことによります。つまり、具体的な学習活動が先行したり、単なる活動の枠組みが先行したりすることによって脈絡が説明できない学習を描いてしまうのです。ましてや,教科指導の補充に当てられるのは、学校としての課題をはき違えていることになります。時間をたくさんあてがえば学力向上になるという根拠の乏しいすり替えの理屈です。教材研究をおろそかにして、やみくもに補充や習熟の時間を増やすことは先生の気休めです。
 では、どうすれば理屈にあった総合の時間が構築できるか、再確認していきます。まず、勤務校の学校教育目標を見なくとも言えるかどうかです。学校が教育活動をとおしてめざす目標ですから、これを抜きにして次に進むことはできません。将来を見据え、子どもたちに付けたい力を具現化しようとするから、次の段階で重点となる項目が上がってきます。ここまでの一連の流れを念頭に置いて、総合的な学習の全体計画を描くことができます。
 一例を上げると、「かがやく」ことをめざすために「自ら学ぶ」重点が掲げられます。そこで,総合の時間に環境学習を進めることで自ら学ぶ場面を仕組みます。そのためには川からどんな問題点を見いだすことができるか、先生自身が構想を練って広げていく作業をします。「学校の近くの川にはこんな生き物がいました。」という結果だけでは、「かがやく」にまでたどり着いていないことはおわかりいただけると思います。多様な生き物が長年生息しているのか、特定の種類の生き物がいなくなっていないか、水にかかわってくらしの中で改善されたことはないか、など目の前の事実から時間軸をたどって調べていくと問題点を見いだせます。
 構想がないと各学校で設定される目標や内容があったとしても宙に浮いてしまいます。科学的な探求の手法が生かされないのです。詳細でなくとも綿密な全体計画が先生に描けるならば、きちんと説明ができる中身になります。筋道の通った概略が綿密な計画になると理解していただきたいのです。詳細な計画は、労力も大きく、弾力的な解釈に向いていません。作りたくない、作っても役に立たないと否定的な結果に終わります。抽象的な言葉で語らない概略こそ意味があります。
 自分の学級はこのような学習活動をとおして、こんなことをめざし、学校教育目標にたどり着こうとしていますと説明ができないならば、見直すべきです。自分の学級の総合的な学習の時間は、こんなことをしていますと説明することは安易なことです。この違いは、教科の指導に際して教材研究をきちんとしているかどうかと同じレベルの問題です。