学習素材「杉」
 戦後復興の旗印に全国各地で造林した杉も花粉症の原因となる樹木として嫌われものになってしまいました。しかし、古来から材は様々な生活空間で利用されてきました。
 角材は柱に、薄板は天井材、建具、家具に多く使われていました。雨水に対しては耐久性があまりよくないので、表面を焼いた板材は外壁に使われました。建築材料以外にも桶や樽は杉板を組み合わせ、竹を締め具にして作られました。檜は香りのもととなるヒノキチオールがしみ込んでいるため、食品を扱う器にはむいていません。樽や桶に杉材を使うようになった理由はこんなところにあります。割りばしは製材の時に出る大量の端材を原料にしました。森林破壊の理由にされてしまったいきさつがありますが、全くの濡れ衣でした。
 建築材料として安価な輸入材が使われるようになったことと化石燃料が生活の中に浸透したことで国産材は放置されてきました。森林資源の循環を半世紀単位で計画していかないと立ち行かなくなる状況にやっと気づいたとき、林業に携わる人は激減しています。同じように、立ち行かなくなる循環型農村産業の中心である米作りも危機的な時期にさしかかっていると言えます。問題点を政策だけに押しつけても、解決することはありません。悪くすれば、無策であったが故に循環型社会を実現してきた里山農村地帯が崩壊するだけです。そうしないために、循環型農村地帯の維持をし、生活の中に根ざした価値観を学び直すことが必要だと考えています。私たちの世代が小学校のころに学習した加工貿易で日本が繁栄したとする価値観は一面では認められても、守るべき価値観を捨て去らせた一面は元に戻さねばなりません。
 そこで、身近にありながら注目度が低い杉材を学校現場でも積極的に取り上げていく道はないものかと探ってみました。
 まず、木工材料は安価な中国産の扱いやすい軟材を躊躇なくカタログから選定して使っていることが多いと思います。教材の入手を業者任せにするのではなく、積極的に国産材を探すことで身近な杉板に巡り会えます。製材された板材は比較的手に入れやすく、値段もびっくりするほどではありません。ただ、鋸で挽き割っただけですから、手軽に使えるようにカンナがけされたものを探そうとすると見付かりません。カンナがけが製材所でできなければ、中学校の技術家庭科の木工教室を借りることもできます。大抵のところで卓上の自動カンナが設置されています。
 こうして入手先を開拓することで、多くの場面に杉を使うことが可能になります。図工の材料だけでなく、木目を生かした小物から、栽培コンテナまで利用範囲は広がります。総合的な学習で扱うならば、国産の身近な木材を森林資源の活用という学びに結びつけることができます。
 もう一つの伝統的な素材として経木があります。元々は文字を書くために薄板にされたものです。経典を書いた木ということから、経木とよばれています。スギ、マツ、シナノキなど様々な樹種が薄板にされて使われてきました。
 現在最も身近なのは、合板といわれているものです。合板といえば輸入材ラワンを使ったものが主流でした。木版画に使われるのは3層のうち、1面だけシナノキの薄板を貼ったシナベニヤといわれているものです。
 かつて日常的に使われた経木の器に「折り」があります。弁当を詰めたり、寿司を入れたり、和菓子を入れたりするものとしてごく普通の存在でした。肉屋さんで買い物をすれば、まず経木に入れるというのが当たり前のことでした。
 曲げ物といわれてきた薄板加工は伝統的な技術として細々と受け継がれています。曲げ物と経木が一体になって新たなクラフト商品も出現しています。有効利用を調べていくことで、広がりが出てくることは、総合的な学習の学びに合致します。代替え品が圧倒する中、価値を認めるものはすたれていません。

 我が家には50年以上使ってきた「とうみ」という道具がありました。脱穀した穀物を風で選別する機械です。歯車だけ鉄、骨組みは松材、後はすべて杉板でした。修理しながら使ってきましたが、さすがに長年の使用に耐えかね、朽ち果てました。今では鉄板でくるまれた「とうみ」に変わりました。作り手さえいれば、農業者にとって身近な道具に杉を利用することができるということです。