学習素材「味噌」
 大豆イソフラボンの効能が知らされるようになってから大豆の加工品が注目されています。それ以前にも畑の肉と称され、タンパク成分を取り出して合成肉が試作されたこともあります。大豆が主役になっている加工品が多い中、実際に味噌づくりの実践にかかわってみると、考えが変わってきました。つまり、科学的に解明される以前から、調味料としてなじみのある味噌は、大豆からできているという受け止め方が普通になっています。ところが、味噌の作り方を調べていくとどうも一筋縄ではいかないのです。
 味噌の主役は大豆ではなく、麹菌アスペルギルス オリゼー(Aspergillus oryzae)であるというのが新たな結論です。原料にする素材はどれ一つ欠けても味噌になりません。それぞれが主役といってもいいのですが、麹菌なくしては旨味にたどり着けなかったと思うのです。
 蒸した米に麹菌をまんべんにまぶし、40℃に保つことで麹菌は米の表面に増殖していきます。米の中のデンプンを栄養にして、増えていきます。途中ほぐしながら、待つこと2日間。軟らかく煮た豆をつぶし、米麹とあわせ、塩を加えることで仕込みは終わりです。樽に仕込むときに玉を作って投げ込むことで隙間の空気を抜きます。酸素の補給を抑えると、発酵の促進が均一になります。こうしてゆっくり時間をかけ、麹菌が増殖しながら、発酵していくことで味噌になります。煮た大豆が発酵するとタンパク質がアミノ酸に変化し旨味となります。以上が味噌づくりの大まかな流れです。
 市場に様々な種類の味噌があるのは、麹菌を増殖する材料が麦になったり、発酵の期間が違ったり、大豆の皮を取り除いたりすることによって生み出されました。どのような組み合わせで、どんな味噌ができるかはあえて取り上げません。味噌に深く関わっている条件が寝かしている場所の温度です。比較的寒冷な地方で上質の味噌ができるのは、気候条件が発酵の進み具合に適しているからです。
 特定の地方で考え出された材料の組み合わせ、加工方法の組み合わせは、気候風土が異なると伝搬していきません。広がりを閉じこめている特徴は、食文化として長年継承されてきました。しかし、農業政策の変化や流通の変化によって自家製味噌が継承されなくなる現実はあります。大豆の作付けが減り、麹の作り方が伝承されず、味噌は買ってきて使うものという家庭が多くなっています。逆に、本物の味を受け継いでいこうとする地道な取り組みもあるわけです。2年続けて味噌づくりに取り組むことができたのも、昔ながらの製法を守っていこうとする人材に出会えたからこそ実現しました。
 安全な大豆づくり、米づくり。精製、合成されていない天然に近い塩探し。これらすべてに取り組むのは大変そうだと思いをめぐらす前に、計算をしていただきたいのです。一年間にどれくらいの味噌を食べているかをもとに大豆の収穫量、米の収穫量、必要な塩の量を試算してみることです。意外に少ない量になることが分かると思います。
 長年の経験から一樽に仕込む量30kg以上が適していると教えていただきました。少量になればなるほど、発酵がゆっくり均一にいかないということです。5人家族の1年分を賄うだけの仕込量では美味しい味噌は作れないということです。

 麹菌を主役にした理由はまだあります。新米がとれてしばらく後に、甘酒祭りをしていたことを思い出します。味噌づくりで使われた麹菌は甘酒を作り出します。麹菌による発酵がここでも使われています。一歩進めば濁酒になってしまいますが、現在は酒税法で禁止されていますので、できません。また、麦に麹菌を増殖させれば醤油につながっていきます。
 米や大豆が単品で食料となるだけでなく、麹菌を主役につなぎ合わせると身近な調味料にたどり着けます。多彩な日本独自の食文化は、外国に対しても誇れるものだと思います。味噌を見て、うんこだと言った外国人が、今は優れた調味料だと理解するようになってきました。
 味噌づくりを通して、日本の農業が少量多品種で担われてきた理由を考えることができます。たくさんの大豆は必要ないのです。食用油を作るために大量安価な大豆を必要としただけです。

 市販の味噌では味わえない旨味に出会わせるために里山を控える学校ではぜひ取り組んでみたい学習素材だと思いました。