学習素材「タイ」
  かつては高学年理科で魚の解剖がありました。フナを生け捕りにして教材に使いました。生臭いいやな臭いもありますし、生魚を切り開くのはたやすいことではありませんでした。時間数の削減に伴って評判のよろしくない教材、危険な教材、生命尊重に反するような教材は姿を消していきました。
 一方、日常生活の中で魚をさばく経験もしなくなり、切り身を買って食べることが当たり前になってしまいました。その結果、本来の魚の姿が分からない、骨抜きの身しか食べたことがないという事態はとても心配です。牛肉、豚肉、鶏肉同様に、命を食べているという実感が薄らいでしまいます。
 刺身に骨が残らないのは、さばく人が魚の骨の付き方を知っているからできることです。どのように包丁を入れていけば、身の部分を無駄にすることなくおろせるか経験を積み重ねてつけた技ですから、必要感が出たときにはだれでもできることです。技を必要としなくても、骨と身のはずれ方を知っていると魚を上手に食べることができるよさはあります。
 そこで、いきなり生身の魚を解体するよりも、煮魚をていねいにさばいて食べる体験をする方が多くのことを確実に学ぶことができると考えます。焼いたり揚げた魚はひと味違います。しかし、おいしく食べることは二の次で、骨身を分けることが一番の目的ですから、煮魚を選びました。もちろん、普通の煮付け通り調味料は使い、煮込む時間も身が引き締まるまで煮てください。
 煮魚の中で最も適しているのが、タイです。クロダイ、レンコダイ、マダイなどの手のひらサイズです。大きいと値段が高くなりますから手のひらサイズで十分です。人数分そろえるのに苦労することも予想されますから、市場の動きにあわせる方がやりやすいでしょう。春から初夏にかけてよく出回ります。秋は大きいものが主流になりますから、やむを得ない場合は、グループで共同作業にすることも考えられます。
 他の魚でもいいのですが、ハゲやカレイの仲間は小骨が判別しにくい場合もあります。また、煮くずれをしやすい魚は避けた方がいいでしょう。魚になじみのある子どもが大勢いるならば、多種類の魚に挑戦することで学びの広がりが出てくる可能性も大きくなります。
 煮魚調理の要点です。鱗は取りません。一匹がきちんと納まる鍋の大きさに注意して、重ならないように並べます。アルミホイルで落としぶたを作ってのせると均一に熱と煮汁が通ります。鍋から取り出して皿に盛るとき、形を崩してしまいやすいですから、慎重に作業します。
 背骨やひれ周りの小骨は分かりやすいと思います。気づきにくいのは、おなか周りの骨の付け根から、中央の血合いに沿って並んでいる小骨です。そして、ふだんは食べ残しやすい、えらの周りが複雑になっています。骨が残るように片側の身をていねいに取り出します。身をバラバラにしないように、身と身の境目を確かめながら作業します。ひれを動かす骨の周りにも小さな身が並んでいることに気づけば鋭い観察ができていることになります。
 このようにして化石状態になった骨の並びを自分の目と手で作り出すことによって、一匹の魚の刺身が四つのブロックに切り分けられることも理解できると思います。細かい作業をしますので、プラスチック箸や塗り箸、先の太いものは避けた方が無難です。先の細い削り出しの箸か、割りばしの先を細く削ったものが使いやすいでしょう。

 この学習素材は、理科、家庭科の発展として扱うよりも食育の分野で生かせます。社会科の漁業とからませながら、魚を食べることの学びを組み立てていくことも考えられます。切り身の魚の頭側を選ぶか、尻尾側を選ぶか子どもに問いかけると、必ず尻尾側を選ぶ子どもがいます。魚を敬遠する子どもは、少なからず骨で痛い目にあっているようです。