学習素材「火おこし」
 火おこしといえば社会科の学習に直結してしまう安易さがあります。しかし、よくよく学習内容に思いを巡らしていただくと、理科、家庭科、特別活動など広範囲にわたることが分かると思います。つまり、火を扱う場面では、必ず仕組むことのできる学習素材です。火おこしの道具についても、弾み車を使ったものが定番のようになってしまい、販売までされています。こんな安易な近代的道具に頼って、火おこしができましたというには少々首をかしげてしまいます。いいところだけを拝借して、火おこし体験ができましたというにはお粗末ではないでしょうか。
 まず、火おこしをする道具はどのように進化していったのか知識として学んでほしいと思います。最も原始的な方法は摩擦法、その後に打撃法が使われています。長年、フリントロック、火打ち石が使われてきましたが、マッチは1800年代に入ってからです。そして、フリントロックから進化した発火石が登場したのは1900年代のことです。使い捨てライターに使われていることはご存じだと思います。やがて衝撃を与えると高電圧が発生する圧電素子、電池の電力を高電圧にかえる素子が登場して、ガスコンロ、湯沸かし器、ボイラーなどの点火装置が様変わりしました。昔のボイラーは、紙くずや木くずを燃やして種火を作り、それから燃料を徐々に噴射して使っていました。今や、スイッチ一つさわるだけで動くようになりました。
 以上のことから、最も原始的な摩擦法を体験しようと思うと、考案された道具立ては一つではないことが分かってきます。錐で穴を開けるように両手で回転往復運動をさせたり、こする棒を弓矢の糸に巻き付けて回転往復運動をさせたり、単純に往復運動でこすったり、弾み車を使ったりと多様です。弾み車が火おこし体験でしばしば使われるのは、押さえつける力と、回転を長続きさせやすいというだけのことです。火がおこしやすいということに直結はしません。
 火おこしがうまくいくかどうかは、火皿の作り方に謎がかくされています。単にくぼみを作るだけでは成功しません。こすったときにできる温度の上がった木くずが貯まるようなくぼみが適しています。木の端のほうに火皿を作るのは、切れ込みが入れやすいこと、木くずが貯まりやすいことを考えた結果、出てきた方法なのです。
 煙が立ち上がり、木くずが貯まるまで摩擦を続けると、ようやく火種ができあがります。後は、その火種を火にするための工夫です。モグサ、ガマの穂が身近な素材となります。モグサはヨモギの生えているところならば簡単に作ることができます。枯れ葉になったヨモギの葉を集め、もみほぐして、葉の表面についていた毛を残す作業です。もみほぐすことでこげ茶色の葉を粉々にし、軽く息で吹き飛ばすことを繰り返します。ガマの穂は乾燥させたものをほぐして、綿状にするだけです。手軽にできるのですが、湿地に自生するガマはどこにでも生えていないという難点があります。いずれにしても、できた火種を大きな火種にする材料です。
 最後に、火として燃え上がらせるには枯れ葉や枯れ枝など、燃えやすいものを集めるだけです。この段階になって、かんなくずが登場することがありましたが、ちょっと首をかしげてしまいます。燃えやすいという点では申し分ないのですが、子どもたちにとって身近な素材ではありません。原始的な体験をしていくことに目的があるのに、あちこちで近代的な道具によってもたらされた素材が入り込むと時代背景が異なってきます。挙げ句の果てには、火がおこらなかったから、マッチで火をつけて次の活動に間に合わせてしまったという結末さえ登場します。
 火おこしが学習素材として適しているのは、体験と体験を結びつける動機付けに使いやすいことです。そして、火おこしの困難性、辛抱強さをくぐることで、素朴な疑問から学びを見つけることがことができると思います。うまくいかないかもしれないから、工夫をしていくのは子どもたちです。限られた時間の中で、成功体験をさせたいという先生の思いが先行すると、大切な学びを奪い取ってしまうことは日常の指導の中でもよくあることです。そこを見極めて授業の流れを組み立てていただきたいと思います。