学びの素材案「人名」
 地名、人名を対象に調べ学習を展開することは、社会科の延長で考えると組み立てやすいと思います。資料さえ見通しがあれば広がりを期待することができます。しかし、安易な思いつきで始めると、思わぬ落とし穴がいくつかありますから、配慮は慎重にしていきたいところです。
 地名は歴史が古く、由緒やいわれも見つかる反面、差別の対象になった地名も見つかる可能性があるわけです。自信と誇りを持って語ることができるようになっているならば、何ら問題は起こらないのですが、間違った取り上げ方をすると差別と偏見をばらまいてしまうことになります。市町村単位で編纂された史料をもとにすれば、地名の歴史は配慮された形で調べることができます。編集委員をされた方に直接話を伺ったり、問い合わせたりすることも可能でしょう。
 このほかに自分たちが住んでいる町村名だけで、同名のものを探し当てていく取り組みも可能です。町村同士が交流していれば、さらに調べやすくなるかもしれません。また、姉妹縁組の市町村交流に入り込んで、地域の特性を学んでいくことも考えられます。
 人名に関して配慮することは、すべて日本人ではないという現実が身近にあるかどうかで変わってきます。外国人や在日の方、少数民族の方とともに学ぶということは、それなりに意味のある素材が多く潜んでいます。ところが多くの場合、日本人一色にな慣らされているため、柔軟な考えを持って相互の特質を認め合う姿勢を大切にしていかないと溝ができてしまいます。私も含めて、民族という考えが乏しいと排他的になりやすいとも考えられます。
 日本は単一民族国家と説明して、間違いを指摘されるように、日本人のルーツや日本がどのように国家として現在に至っているかなどは、ほとんど学んできていないわけです。ようやく国内の民俗学が日の目を見るようになってきた程度なのです。南方からネグロイドが、北方からモンゴロイドが、途中から朝鮮騎馬民族が移動してきたであろうと語られつつ、日本の先住民族はどういう人々なのか謎めいたところが残されています。
 聞きかじりの雑学になってしまいますが、次のような話もあります。出典が不明のままになりますことをお断りしておきます。

 苗字は、武士社会の成立とともに使われてきました。藤原、源、徳川、織田、武田、細川、池田・・・平安京から江戸幕府に至るまでの中で歴史上の人物として馴染みのある名前を数多く知っていることと思います。ところが、明治の初めに貴族、武士だけが名乗っていた苗字を平民にも名乗らせるようにしました。課税のための戸籍づくりが目的なのか、天皇一族を特化させるためなのかは定かではありません。こうして、苗字は何と29万種類にもなったということです。これは世界中の国の中で日本だけの特徴です。ちなみにお隣の中国、韓国ではせいぜい数百種類だそうです。

 名前、地名を調べて、知らなかったことがたくさんあったという感想で終わらせないためには、くらしの様子や願いを読みとっていくことが肝心です。想像をはたらかせる学びになるでしょう。