依存症
 もともと依存症というのは、アルカロイドがないのに習慣的に依存してしまうたぐいのものです。古くからあるのはアルコールによる依存症で、悪化すれば中毒症状を引き起こします。タバコのニコチンやモルヒネなどの薬物は、依存しやすい成分アルカロイドを含んでおり、まさに薬物中毒を引き起こします。やめられないという症状です。
 子どもたちを取り巻く暇つぶしの材料は、様々な依存症を引き起こしてきました。害悪が出なければ、一種の流行でしょう。私の子ども時代といえば、漫画からテレビへととりつかれていったようなころです。その後、テレビゲームがはやり、とりつかれてしまう子どもは日々数時間ものめり込むこともありました。
 今はどうでしょうか。形は変わっても、ゲームは依存症にまで及んでいます。軽いときは、はやり、ブームで終わります。度が過ぎると寝食忘れてまでやってしまいます。道具が変わってきて、次なる依存症は,携帯メールの広がりがあります。
 冷静に考えれば、興味を引くように作られたものとの出会いに惑わされていることに気づくと思います。興味は目の前にあるものに自らが好奇心を示すかどうかです。飲酒、喫煙、漫画、ゲーム、携帯端末、炭酸飲料などは人の手によって意図的に作られたものです。これらと子どもたちが出会うときに正確な知識を与えておかないと取り返しのつかないことも起きるのです。これが親の役目であり、大人の責任になります。依存症になってから、いくら説得しても効果が薄くなるのは、まさに聞く耳を持たない依存症の状態です。文化を伝えていく営みは、学校の中だけで行われているのではなく、日常的に家庭でも社会の中でもあります。そこを見失うと責任転嫁だけで何も解決しないことになります。
 文化を受け継ぐには、よい点も悪い点も知識として出会うときにきちんと伝えることが大切です。漫画も読書になりますが、漫画だけでは読書の価値を享受することができません。ゲームは娯楽ですが、娯楽以上の価値は見いだすことができません。携帯端末は情報伝達の道具ですが、コミュニケーションがとれる道具ではありません。炭酸やアルコール飲料は適度に飲めば害は少ないですが、飲み過ぎると健康障害を引き起こします。たばこはストレス解消に一役かうことはあっても、よいことは何一つありません。テレビは情報を得たり、娯楽になったりしますが、一方的な情報しか得られません。
 要求の理由に「友達がみんな持っているから。」というのがしばしばあります。これは欲しい理由としてもっとも筋が通らない理由です。何をしたいのかはっきりさせ、約束事を決め,判断する知識を与えてから決めることが依存症にしない手順です。前述した依存しやすいものとして、酒だけは度が過ぎるとてきめん症状が出ますから、多くの場合慎重になります。未経験の人に一気飲みさせるのは最悪の結末が待っています。そうならないようにするためにも、上手に出会わせる役目を親がするのが一番いいと思います。ただし、法律どおり20歳になってからすればいいというのは遅いです。
 子どものときから依存症を防ぐ知識を持っている親をめざしてほしいと思います。

 あえて携帯端末としたのは理由があります。今、市中に出回っているもので電話機能に限定されたものは皆無です。運営会社では「キャリア」といっているようですが、一般的ではありません。インターネットやメールの利用はパソコンからが出発点でした。最初の携帯電話にこの機能を付加したことで、パソコンの端末と同じになってしまったのです。しかし、通信料金や一度に送れる情報量は携帯端末の方が不利です。こういう事情も知らないまま子どもに買い与えるのは、我が子に酒やタバコを無条件に提供するのと同じことなのです。